夜明け前

 最近、島崎藤村の小説、夜明け前を久しぶりに読みました。久しぶりというのは

読んでみて、所々何となく覚えている箇所があったからで、全体の筋は全く覚えていません

でした。宿場町である馬籠本陣の庄屋である青山半蔵は木曽路を通行する

人々を目の当たりにし、幕府の支配が終わり新しい時代が始まることを予感します。

しかしやがて訪れた新しい時代は彼の期待したようなものではありませんでした。

時代の変化に適合できなかった彼は精神の異常をきたし、自宅の座敷牢で

生涯を終えます。よく知られていることですが、半蔵は島崎藤村の父親をモデルに

しているとされています。この小説は不遇のうちに亡くなった父親に対する鎮魂歌という

面があると考えられます。生前の半蔵(彼の父親)には国学、平田派の一門の一人として、同門の人々

の活躍を横目に、最後まで名を成すことなく故郷に埋もれたままであったことに、強い後悔

の念があったと考えられます。しかし幕末の激動の時代を、宿場の庄屋として多忙な生活

を送りながら、国学者として弟子を育て、晩年は故郷で青少年の教育に尽くすなど精一杯

人生を生き抜いた父親の努力は、決して無駄ではなかったと藤村は言っているようです。

プルーストの失われた時を求めてという小説に、「すべての人にはそれぞれの歴史がある」という

一節があります。どんな人にも、無駄なあるいは徒労に終わった人生などないと思います。